事業承継とは?まずは、事業承継の詳しい定義から確認しましょう。事業承継の定義事業承継とは言葉のとおり「会社や事業の経営を後継者に託すこと」をいいます。事業承継で引き継がれるものは、大きく以下の3つです。人:経営権有形資産:株式、資金、不動産・設備など無形資産(知的資産):経営ノウハウ、人脈、信用、顧客情報など事業承継を成功させるには「誰に」「何を」「どのように」受け継ぐのかを計画的に決めていく必要があります。適切な後継者を選びながら、入念に計画を立て、実行していくには膨大な時間もかかるため、早めの準備が必要です。事業承継の重要性と現状現在、日本では中小企業の「経営者の高齢化」が問題視されています。中小企業庁「2023年度中小企業白書」によると、2020年以降、経営者年齢は「60~64歳」「65~69歳」「70~74歳」に分散している状態です。後継者不在率に関しては、2017年の66.5%をピークに近年は減少傾向にありますが、2022年は57.2%という結果になりました。つまり、未だに半分以上の企業が後継者不在の課題に直面していることがわかります。経営者は年齢を重ねると、引退を考える必要があります。準備のないまま引退せざるを得ない状況になった場合「事業を続けられない」「適切な後継者選びができない」など、廃業を余儀なくされるケースは少なくありません。逆に事業承継が成功すれば、従業員の雇用を守りながら、これまで会社が培ってきた技術やノウハウを世に残し続けることができます。そのため事業承継は、中小企業の廃業率が高い日本の現状を打開する手段の一つとして注目されているのです。出典:中小企業庁 2023年版「中小企業白書」第2部「変革の好機を捉えて成長を遂げる中小企業」第2章「新たな担い手の創出」事業承継の基礎知識事業承継を進める上で、知っておきたい基礎知識について解説します。事業承継の種類事業継承のパターンは、大きく3種類に分けられます。「親族内承継」経営者の子どもや親族に承継する方法関係者からの理解が得られやすく、相続によって財産や株式が移転できる「従業員承継」親族以外の従業員に承継する方法経営方針などを理解し、資質を備えた人材が選べる「第三者承継(M&A)」株式譲渡、事業譲渡といった形で社外の第三者に会社を売却する方法社外の広い視野で後継に適した人物が探せる、経営者は会社を売却する際の利益が得られる、企業成長の好機となることもある事業承継の方法と手続き事業承継の方法と手続きは、種類によって異なります。ここでは「親族内承継、従業員承継」と「第三者承継」に分けて説明します。(親族内承継、従業員承継の場合)1:後継者候補を決定する会社をどの人物に引き継ぐかは、事業承継の成功を左右する大事な部分です。候補者をしぼることはもちろん、本人から了承を得る必要もあります。教育に時間を要することも踏まえ、後継者候補はできるだけ早く決めておきましょう。2:事業承継計画書を作成する事業承継を進めるにあたり、現在の経営状況や承継に向けた課題などを把握した上で、以下のような項目を「事業承継計画書」にまとめましょう。中長期的な経営方針事業承継の行動計画後継者の育成計画従業員や取引先など、関係者への周知3:事業承継の手続きを進める事業承継の実行に必要となる主な書類は以下の通りです。手続きは多岐に渡るため、専門家の力を借りながら進めるようにしましょう。親族内承継の場合(※経営者が存命の間に承継した場合)事業譲渡契約書株式譲渡契約書従業員承継の場合株式譲渡契約書株式譲渡承認請求書株式名義書換請求書株主名簿の更新株主名簿記載事項証明書(第三者承継の場合)1:企業価値を高めるための経営改善を考える第三者承継を検討する場合、相手から魅力的な会社であると思ってもらうことも重要です。企業価値を高める余地を探し、強みや技術を強化したり、財務状況を改善したりして、磨き上げを行いましょう。2:M&Aマッチングを行う条件にあった会社や経営者を見つけるためには、専門家の力を借りるのが効率的です。M&Aマッチングサービスや仲介会社など、M&Aに関する専門家に協力を得ながら、マッチング候補を探してみましょう。3:交渉・契約を行う候補が見つかれば、経営者同士で面談し、条件交渉を行います。納得のいく契約となるように、ここでしっかりと交渉を重ねることが重要です。M&Aの場合は、最終契約書の締結までに以下のような段階を踏みます。基本合意書(MOU)の締結デューデリジェンス(企業調査)の実施最終契約書の締結専門家の意見や調査結果などを踏まえ、納得のいく内容であれば最終契約書の締結を行いましょう。4:統合を進めるM&A後の経営統合のプロセスはPMI(=Post Merger Integration)とも呼ばれます。このPMIが無事に進められることはもちろん、その後も事業がスムーズに進み、成長につながるようなサポートを行いましょう。事業承継と事業継承の違い事業承継とよく似た言葉に「事業継承」があります。まず「承継」「継承」はどちらも「受け継ぐ、引き継ぐ」という意味があります。両者に言葉の意味としての違いはほとんどありません。「承継」「継承」の違いは、日本の法律内の文章に「承継」という言葉が用いられている点です。法律内では、さまざまな権利や義務を引き継ぐことを「承継」と表現しています。中小企業庁など、政府が作成する資料内でも一貫して「承継」が使用されています。そのため、事業を受け継ぐことを指す言葉は「事業承継」と表現されることが一般的となっていると考えられます。事業承継の成功のポイントここからは、事業承継における成功のポイントを解説していきます。後継者の選定と教育事業承継においては「後継に適した人物が選定できるか」「適切な教育が進められるか」が重要です。後継者の選定や教育は、決して短期間で進められるものではありません。後継者選定の基準はどうするか、「誰に、いつ、どのように」承継を進めていくかといった計画を入念に立て、十分な教育を受けさせるための準備を整える必要があります。親族内承継の場合は、早期から入社して承継するパターンだけでなく、他社でノウハウを学んだ上で入社し、承継にいたるパターンもあります。従業員承継の場合も、社内の幅広い部門を経験させたり、経営層による直接指導を受けたりしながら、経営ノウハウなどを引き継ぐ準備を進めるのが一般的です。いずれにせよ、会社の理念、事業内容に対する理解度や、経営者としての資質を高めておくことが求められます。事業承継のタイミング中小企業庁「2023年度中小企業白書」によると、「後継者の選定理由」を「経営者としての自覚・当事者意識を備えたため」と回答する割合が約4割と最も高く、次に「自社や他社で十分な実務経験を積んだため」「経営者として必要な知識・スキルを習得したため」と続いています。後継者が経営者にふさわしい資質や能力を備えたタイミングで、事業承継を決める企業が多いようです。最も避けたいのは「経営者の体調不良や急逝」などによる、やむを得ない継承です。突然経営権の移行が必要となれば、大きな混乱は避けられません。そうした状況を少しでも避けるべく、早期から準備や後継者への教育を進めておくことも事業承継を成功させるポイントといえるでしょう。事業承継のリスクと対策事業承継には、もちろんリスクも伴います。どんなリスクが発生するのか、それをどう対策するのかも、計画を立てる段階で想定しておかなくてはなりません。たとえば、事業承継で後継者が現場から離れることに懸念がある場合、その後継となる従業員を早めから育成しておくこともリスク対策になります。また、後継者がいきなり経営権をにぎることに不安がある場合は、最初の数年に限定して先代社長が適切な距離感でサポートすることも有効な対策となるでしょう。事業承継の計画を立てる段階で、発生しうるリスクをできる限り洗い出し、対策まで考えておきましょう。積極的に事業承継に取り組むメリット事業承継に積極的に取り組むことには、メリットが多く存在します。経済的・社会的影響「経営者の高齢化」は、増加する中小企業の廃業に関わる大きな要因です。日本企業の99%を占める中小企業一つ一つが前向きに事業承継に取り組まない限り、廃業率の高さは変わらないでしょう。このままでは、日本の経済や社会が衰退していくことは避けられません。一方で、中小企業庁「2023年度中小企業白書」内の「事業承継実施企業の承継後の売上高成長率」を見ると、事業承継を行った会社は、数年間で同業種の売上高成長率の平均値を上回る傾向にあります。つまり、事業承継によってさらなる成長を遂げている会社もあるのです。このように、事業承継は積極的に取り組むことで事業の維持だけでなく、会社の成長のきっかけにもなります。積極的に事業承継に取り組む中小企業が増えることで、企業はもちろん、日本経済や社会にとってもプラスの影響を与えることが期待されています。事業の持続性の確保事業承継の準備に早期から取り組んでいる企業は、これまで培ってきた技術やサービスを長く世に残せる可能性が高くなります。一方、経営者が高齢であるにもかかわらず、事業承継に消極的な企業は、廃業のリスクが高いです。廃業には「従業員や取引先に迷惑がかかる」「廃業費用がかかる」「負債がある場合、借金が残る可能性がある」といったデメリットがあります。事業の持続性を確保していくためにも、事業承継を前向きに捉えて早期から準備を進めましょう。事業承継の税制や補助金の利点中小企業の廃業が問題視されている日本では、政府が事業承継に関する税制や補助金を用意しています。積極的に活用すれば、コスト面のリスクを抑えることができるでしょう。【税制】法人版事業承継税制(特例措置)・ 対象:親族内承継、従業員承継法人版事業承継税制(一般措置)・ 対象:親族内承継、従業員承継経営資源集約化税制・対象:M&A【補助金】事業承継・引継ぎ補助金・対象:親族内承継、従業員承継、M&AM&A支援機関登録制・対象: M&A参考:中小企業庁 財務サポート「事業承継」事業承継の支援策そのほかにも、中小企業の事業承継を支援するさまざまな施策があります。事業承継を検討する際は、必ず確認しましょう。事業承継に伴う課題事業承継に伴って発生しやすい課題は、主に以下の3つです。後継者選定の難しさ後継者にふさわしい人物を選ぶことは簡単ではありません。自社の事業に関する専門知識や実務経験のほか、社内での信頼の高さやリーダーシップなど、求められる資質や能力は多岐にわたります。事業承継においては、後継者選定と育成に時間がかかることを見越して、早期から取り組むことが何より重要です。また、適切な後継者が親族内や社内に見つからない場合は、公的機関である事業引継ぎ支援センター、マッチングサービス、M&A・事業承継仲介会社などの協力を得ながら、外部に後継者を探す方法も視野に入れておきましょう。事業承継のコスト事業承継は、どんな形で行うかによって、かかるコストが異なります。事業承継をサポートする専門家への依頼料や仲介手数料などのほか、親族以外に承継する場合は資産・株式の買い取りなどのやりとりも必要です。また、事業承継には、税金も発生します。どの方法で承継を行うかによってかかる税金が異なるため、計画を立てる段階で正しく把握しておくことが求められます。事業承継にかかわる税金の例相続税贈与税法人税消費税登録免許不動産取得税事業承継のリスク事業承継に取り組んだものの、失敗する可能性はゼロではありません。時間をかけて承継の準備をしても、理想通りにはいかず、結果として業績が悪化するリスクもあります。しかし、会社の存続に事業承継は欠かせないものです。また、承継後に一度は業績が悪化しても、その後徐々に回復し、結果的に成長を遂げる会社も少なくありません。事業承継においては、リスクを最小限に抑えられるような準備を時間をかけて行うこと、後継者による企業の新たな出発を長期的な視点で見守ることが重要です。事業承継の実例と事例分析ここからは、実際に事業承継に取り組んだ中小企業の実例・事例を、中小企業庁 2023年版「中小企業白書」から紹介します。事業承継の成功事例まずは、事業承継の成功事例から紹介します。・アルファテックス株式会社(情報サービス業)の例息子への事業承継後、3年間は前社長と共同で代表権を持つようにしたそうです。前社長は助言や相談に乗る程度にとどめ、経営判断の大半は現社長に委ねることで、現社長の経営能力を育成。徐々に前社長の影響力を小さくしていったとのこと。現社長は自社の経営へ専念しながら、新サービスも創出。順調に売り上げが伸び、成長を続けているそうです。・株式会社坂井製作所(金属製品製造業)の例企業規模拡大を考える中で経営資源が不足していることに問題意識を持ち、M&Aを検討していた同社。後継者不足に悩む企業など、譲渡候補の経営者と対話を重ね、価値観を一致させることを重視した上でM&Aを実施しました。M&Aによって自社グループで加工できる範囲が広がり、グループ全体の売り上げも成長を続けているそうです。事業承継の失敗事例事業承継の失敗事例については、さまざまケースが挙げられます。・事業承継前に経営者が急逝。後継者となる予定だった息子に対する十分な教育、サポート体制が不十分で社内が混乱した。・後継者の育成は行っていたものの、会社の方針とミスマッチであったことが経営に影響し、承継後の業績が悪化した。・親族内承継について家族間で合意が取れていなかったことが原因で、後継者争い・相続争いなど親族トラブルに発展した。・事業承継後も前経営者の影響力が大きく、決定権の所在が不明確に。さらに前経営者と現社長の対立が発生し、社内の統率が乱れて業績が悪化した。事例から学ぶポイント事業承継の成功事例に共通しているのは、時間をかけて準備を進めている点です。「承継直後も適切な距離感で前社長がサポートする」「譲渡候補の企業と対話を重ねる」など、ゴールに向けて時間をかけて準備を進める計画性が見られます。また、承継やM&Aをきっかけとして後継者を中心に事業範囲の拡大に挑戦し、企業成長を実現していることもわかります。一方、失敗に至る原因のほとんどが承継までの準備不足です。「教育やサポート体制が足りていない・方針に沿っていない」「合意がとれていない」といった状態での事業承継には大きなリスクが伴います。また、後継者の挑戦機会を妨げてしまうと、事業承継のメリットの一つである業績改善も期待できません。事業承継は、会社を大きく成長させるチャンスでもあります。事業承継を前向きに捉え、計画的に取り組むことが成功につながるポイントといえるでしょう。まとめ - 事業承継を前向きに捉えて成長につなげよう長い準備が必要となる事業承継を、実務と並行して行うことは簡単ではありません。しかし事業承継は、会社のさらなる成長につながる貴重な機会にもなります。会社の転換期として事業承継を前向きに捉え、じっくりと準備を進めていくことが重要です。「第二創業とは? 注目される背景や事業承継との関係など」では、事業承継に伴う第二創業について解説しています。そちらも合わせて参考にしてください。事業承継で会社を引き継ぐ後継者には、企業を成長させるためのアイデア発想や実行力も求められます。事業構想大学院大学は、そんな新規事業を生み出せる人材を育成する、日本で初めての教育機関です。2年間の教育システムと研究を通し、MPD(事業構想修士)の学位が取得できるプログラムを展開しています。詳細は、下記ページをご参照ください。事業構想修士(MPD)とは